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2012.04.17

日経新聞「交遊抄」に当社社長のコラムが掲載されました


 4月17日火曜日の日本経済新聞のコラム「交遊抄」に梶山龍誠社長社長のコラムが掲載されました。題名は『汝不死鳥たれ』です。日本大学アメリカンフットボール部での恩師との出会いやエピソードなどがつづられています。是非ご一読ください。

 「汝不死鳥たれ」梶山 龍誠

「おまえら、フィールドで死んでこい。骨は俺が拾ってやる」。日大フェニックスでアメリカンフットボール漬けの4年間を過ごした大学時代の恩師が、タバコとコーヒーとシャンソンをこよなく愛する通称・オヤジ。「炎のショットガン」で知られる闘将、篠竹幹夫監督(当時)だ。
 監督とは東京・中野の合宿所で寝食を共にし、夜遅くまでグラウンドで走り回った。「汝(なんじ)不死鳥たれ」。心身共に極限状態の中、勝利に対する貪欲さに加え、犠牲、協同、闘争の精神をたたき込まれた。1988~90年度に甲子園ボウルとライスボウルを3連覇。胴上げの時、全てが報われたと感じた。
 当時、理不尽と思えたことが、今では本当に役に立っている。腹をくくる事。1つのことに命を懸けること。そこには深い愛情があった。4年生部員と監督が裸で会する「オヤジ風呂」では、人前に堂々と面白い話をすることや、歌うことの訓練までしてくれた。
 試合前に「京大や関学、慶応に学力で負けて、フットボールで負けたらお前達は一生彼らに何で勝つんだ?」と奮起を促されたことを思い出すたび、自然と涙が出てくる。監督は2006年に亡くなった。男の生き方を教えてくれたことに今も感謝している。

 (かじやま・りゅうせい=ビケンテクノ社長)
 ※この記事は日本経済新聞社の許諾を得て転載しています。無断で転載することを禁止します。